2008/10/02

スカイ・クロラ



「スカイ・クロラ」にかこつけて、4年前のことを書いたら長くなったので別のエントリーで。

「スカイ・クロラ」は、最愛の伴侶である犬を喪い、体を鍛えた押井守が「犬じゃなくて人間を愛すぜ!」と肉体派宣言した映画かと思いきや、思いっきりいつもの押井映画だった。この人のペシミズム=厭世主義はやはりキモ入りだ。

たとえ、恋愛(「私を殺して!」と拳銃を突き出すのが求愛行動でもある女性を受け入れること)や仕事(戦闘機に乗り空中で這うように戦いながら人を殺すこと)、そんなこんながあっても生きるってことはアパシーなんだよ!空虚なんだよ!生きてる実感なんかマヤカシでマボロシなんだよ!と横っ面を叩くのが押井流。

この映画における恋愛も仕事も観客の我々からすれば十二分に非日常だが、一貫して気怠い日常として描かれる。キルドレは、同じようにタバコを吸い、同じようにミートパイを食べ、同じように新聞に折り目をつけて畳む仕草を繰り返す。

押井の映画に出てくる食べ物は不味そうで(実際、草薙は不味いと言う)、宮崎駿の映画に出てくる食べ物は、ハムの乗ったカップラーメンであっても美味しそう。なんと対照的なことか。

目の表情がまったくないコワモテの草薙が、函南との食事シーンで「泊まっていったら?」といきなり上着を脱ぎ始める強引マイウェイぶり。「あいつはヤバイぜ」というエクスキューズも劇中であるから、そういう演出意図なんだろうけれど。んー。これって恋愛と言えるのかな。

普段は静かで抑制された演技なのに、感情が高ぶると泣きわめくという演出手法は悪い意味で邦画っぽいというか演劇っぽい。クールにつぶやくか、大声を上げて泣くか、そのどちらかの振れ幅しかないというのは貧しい気がする。

「イノセンス」で辟易した衒学的なケムを巻く台詞は一掃されて、全編、平易な台詞回しになってるのはとても好感が持てた。脚本家を立てたのが大きいのだろう。ゲームとしての戦争が必要な理由を草薙が訥々と語る得意の長回しショットも、必要不可欠な説明で冗長ではない。

函南たち日本人パイロットが属する企業が何者で戦争をしている相手の企業が何者なのか。なぜキルドレはティーチャーに勝てない仕組みになっているのか。背景や謎は明らかにはならないが、ほめのかされている。不条理。カフカ?と思うが、冒頭で草薙はカミュとつぶやく。

キルドレは永遠のアドレッセンス=思春期を生きる。そのループの悪夢から逃げようともがく「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」とよく似ているが、こっちは悪夢を受け入れる決意があるところが違う。

それが希望か絶望かは観る人の判断に委ねられているが、作劇上エンディングはこうなるんだろうなと納得しつつも、その予定調和を破るところを僕は見てみたかった。「あなたを待っていたわ」という最後の草薙の台詞は変化の兆しなのか、そうでないのか。表向きは何も変わらず、希望は封じられているように見える。

アニメーションで大人を描くことは可能なのだろうか。

「スカイ・クロラ」には、大人を模倣するキルドレの保護者としての大人(女性エンジニアやバーのマスター)がいる。唯一、「大人の男」と称されるのがティーチャーで、函南は「父(=ティーチャー)を殺す」と言う。「ポニョ」には、主人公を見守る老人たちと強い母親と影の薄い父親がいる。いづれも、家族や代理家族や保護者としての大人である。「エヴァンゲリオン」もそうだった。

そうではない大人、子供や青年の補完ではない、大人びる、大人らしく振る舞うという形ではない、まっさらな大人はなぜ描かれないのか?

答:アニメーションには俳優という肉体が存在しないから。

学生運動に乗り遅れた世代である押井は、革命の挫折を映画で描くことが多い。「パトレイバー2」や「人狼」(監督じゃないが)しかり。押井の描く大人は、大抵、ルサンチマンの塊だ。

「スカイ・クロラ」原作者の森博嗣さんがブログで「少ない方が価値がある」と発言している。

しかし、創作は多数決ではない。シェアをより多く取る意味は何だろうか? むしろ、そういった「非効率な多数」を背負わない方が、将来の自由度は高い、とも予測できるのである。

マイノリティを貫く原作者とマイノリティを貫く映画作家。若者に向けて今までより開かれて作られたこの作品が、閉じているように見えるとしたら、二人のブレのないスタンスによる。

スカイウォーカー・サウンドで録った音響が図抜けて素晴らしい。特に、屋外のフィールド音やアンビエンスが凄かった。音楽は叙情的すぎてトゥーマッチに思えた。空のシーンに被さるシンセパッドの曲はよかった。個人的にはもう少し乾いた音の方が内容に合っているように思う。

「スカイ・クロラ」に、サン=テグジュペリのような飛行機乗りのロマンを期待してはダメ。

上映終了間近で選択肢がなく、新宿歌舞伎町の映画館で観たんだけど、館内の殺伐とした荒廃ぶりがすごかった(軽く15年くらいタイムスリップしてそうなゲームセンターとか、2005年のポスターが貼られたままのラテンダンススクールの看板とか・・)。ある意味、この映画を観るにはふさわしい環境だったかも。

野良犬の塒 : 『スカイ・クロラ』『攻殻機動隊』監督・押井守の最新情報

老舗の押井守ファンサイト。情報量が多い。押井のインタビューや「スカイ・クロラ」のレビューも辿れる。

西尾鉄也が語る『スカイ・クロラ』あれこれ

作画監督の西尾鉄也のインタビュー。モニターではなくプリントアウトでチェックしないとダメという話が面白い。引いた絵が多かった理由がそこにあったのか。井上俊之のこともちらっと。

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