2007/12/10

トム・ダウド、アトランティックの舞台裏を覗く

「トム・ダウド/いとしのレイラをミックスした男」を観た。

アトランティック・レーベルのエンジニア、トム・ダウドのドキュメンタリー。映画が始まって早々に、矢継ぎ早にコード進行をミュージシャンに指示するトム・ダウドの姿が映され、卓を黙々といじる人というエンジニアに対する固定観念は破られる。アグレッシブで外向的なニューヨーカー。そんな印象だ。彼はエンジニアであると同時に、ミュージシャンと積極的にコミュニケートするプロデューサーであり、知識豊富な音楽家だった。以下、メモ。


1942年から1946年までは、コロンビア大学で原子爆弾の研究を受注され、携わる。

1947年に原子物理学者になることをあきらめ、音楽業界〜アトランティックに入る。

アーメット・アーティガンと共にアトランティックの屋台骨だったトム・ウェクスラーは元々ビルボード誌のライターで、「人種(レース)・ミュージック」という呼称をR&Bに変えた。

プロデューサーのフィル・ラモーンはトムの先輩であり良きアドバイザーだった。

トムはベースを弾ける音楽家でもあり、それまで録音レベルが小さかったベースを大きくすることに貢献した。

ダイレクト・カット、カッティング・マシンでアセテート盤に直接録音する時代で、トムは「教授」と呼ばれる老技師のアシスタントだった。

「録音とミキシングが同時だった」=編集が不可能だったと、アトランティック元社長アーメット・アーティガン。

1948〜49年にスタジオに磁気テープ(オープンリール)が導入される。

当時のレコーディング用の卓はラジオからの払い下げが多く、それらをトムが改良したカスタムだった。

トムはそれまでの扱いにくいノブ(ダイヤル式)をスライド式に変えた。ということはフェーダーを発明したのもトム!?

1950年代、誰よりも早く自宅で8トラックによる多重録音を行っていたレス・ポールという先駆者がいて、トムはスタジオで初めてアンペックスの8トラックを導入。いわゆるダビングが本格的に可能になる。(レス・ポール - Wikipediaによると、アンペックスの8トラックはレス・ポールの全面的協力で1952年に発売された)

8トラックの導入で、すぐにその場で判断する必要がなくなり、「選択」という行為が可能になった。

1967年、イギリスのジョージ・マーティンのスタジオを訪ねるが、彼らはまだ4トラックだったそう。


個人的にはマルチトラック・レコーディングの歴史をなぞるような前半が面白く、サザン・ロック、ブルース・ロックの影の立役者としてのトムを映す後半は少し退屈だった(ハイライトは「いとしのレイラ」の制作エピソードなのだろう)。原爆=マンハッタン計画との関わりは思ったよりアッサリと描かれていて残念。シンセサイザーは元より、テクノロジーをひも解いていくと軍事技術に突き当たる。トムがひとりの人間として音楽と戦争テクノロジーの両方に深く関わっていたというのは、やはり凄いことなのだ。

アトランティックの音を体現したもうひとりの男、アリフ・マーディンの姿が見れたのもうれしい(登場シーンはちょっとだが)。調べたら、2006年に亡くなっていた。憧れの人だった。ブッカー・T&MG'sの演奏、素のアレサ・フランクリンが見れる録音風景も印象に残る。映画のラストで、トムがアーヴィング・バーリンの曲をピアノで弾くのだけれど、なんと良い曲なのだろう。ラグタイムとジャズがシンプルに料理されていて洒脱。黒人音楽を大衆音楽に橋渡し=翻訳したのはモータウンとアトランティック。後者の秘密の一部を確認できた。

2007/12/08

DJ Based On Base: DJカルチャーのタイムスケール

Radio Sound Painting 12月度放送のこぼれ話です。

放送後のリラックスした雰囲気の中、DJ KIYAMAさんがなぜか披露してくれた日本で最長のDJの話。KIYAMAさんはDJ歴約30年で、六本木か新宿かというディスコ時代の二大潮流の中では六本木派に属し(渋谷や西麻布や品川埠頭はその後)、彼の先輩がおそらく最長老で37,8年、DJしているということらしいです。海外はともかく、日本ではだいたいそのくらいのタイムスケールになるのでしょう。さらに、沖縄には伝説の御年60代のDJがいるそうです。沖縄基地=ベースをベースにして、自分のレギュラーDJのハコを持っていれば、たとえ一年一回しかDJしなくても持続しているとカウントされるのでは?という話には頷いてしまいました。ベースをベースにしたベーシックな小説というのは、初期の村上龍のキャッチフレーズです。アメリカで生まれたDJの創世記はだいたい70年代、もっと遡ると50年代のラジオのディスクジョッキーに行き着くというのが通説です。しかし、実際はもっと曖昧で不確かな状態がそこここにあったのではないかと。

以前、インドープサイキックスのCDリリース当時、DJ KENSEIに取材した際(環八沿いのカフェ、D&DEPARTMENTが取材場所でした、KENSEIが多摩川の近くに住んでいた頃です)、ディスコの奥深さについて非常に面白い内容を聞けたのですが、残念ながらその原稿は諸事情によりボツになってしまいました。ディスコを通ってるかどうかでその人の出す音の説得力が違うというのは、ひとつあるのかなという気がします。ディスコというのは、酸いも甘いもひっくるめて引き受けるというか、その人の趣味やセンスうんぬんの前にまず「現場」があり、否応なく、見ず知らずのお客を踊らさせる、楽しませるという命題があるワケで、そこで鍛えられる現場感覚と、今のタコツボ的な環境で同じカルチャーに身を浸す仲間と楽しむパーティというのはやはり違ってくるのは当然です。どっちが良いか悪いかはまた別問題ですが。

OPENERS - DJ KIYAMA×SHIBUYA-FM 78.4MHz | SHIBUYA-FM

Radio Sound Painting 2007.12

12月度のプレイリストはコチラです。


Jjplvdnb - Jean Jacques Perry & Luke Vibert

ここ数年ディスコやアシッドに傾倒していたルーク・ヴァイバートと70代のジャン・ジャック・ペリーのコラボレーション。コラボやフィーチャリングにはいい加減飽き飽きしている自分でも、この組み合わせには必然を感じました。以前、ルークとギタリストのB.J.コールがコラボした作品(双方の相性がよいエキゾな佳作)は、デヴィッド・トゥープが仕掛人というか二人を引き合わせていたんだけど、今回も影の立役者がいるのだろうか。そんな余計な詮索はともかく、「Moog Acid」というタイトル通りの明快なキャラクターが刻まれた作品です。いわゆるアシッド色はやや薄かったかも。シンセサイザーの活き活きとした「うたってる」響き、繊細でいて豪快なアーティキュレーションはやはりサンプリングでは出せないと当たり前のことを再認識させます。アルバム中、最も「エレクトリカル・パレード」を彷彿とさせるこの曲を選びました。

Remix Of Nothing (Cut Off Intro) - Daedelus

デイデラスの新作から、某大御所クルーナーのボーカルをサンプリングしたキャッチーな「Admit Defeat」と迷って、こちらにしました。「Make some noise!」という掛け声、歓声、ヘッポコなエレクトロのリズム、8ビット・ゲームのエフェクト音、エキゾティックなストリングス、8分のOddなベースライン、「This is it. This is what I say. The remix this is. This is its. The remix」というデイデラス本人の(?)ボーカル。どれもがレトロでアウェイですが、これらを一つにまとめあげ新鮮に聴こえさせる手腕は彼だけの個性でしょう。この言葉遊びは「このリミックスには原曲はない」というタイトルと呼応して、ウィットに富んでいます。ルーク・ヴァイバートもデイデラスも、ずっと陽性のユーモアとウィットのあるインティメイトなインストゥルメンタルを作り続けている。そこに惹かれます。

Dancevader Biber-Hill Pop - Kiiiiiii

僕はまったくノーマークだったのですが、ジオデジック下城さんと某Jで雑談してる時に「いままたスカムがキテますよ」と教えてもらったのがKiiiiiiiの「Al&BUM」でした。カラフルな音色、巧みな展開、歌心を満載。試聴してすぐ気に入り紹介することになった次第。スカムかどうかはわからないけれど、なんとなく僕も大好きな映画「ゴースト・ワールド」を思わせるジャンクでトラッシーなガール・パワーを感じます。ハルカリやバッファロー・ドーターやピーチズやチック・オン・スピードや懐かしいリオのような活きのいいガールズ・ポップとして、素直に聴くのが一番かと。ガーリーと書くと、一気に90年代にリワインド。ライオット・ガールズも遠くなりにけり。そういえば、スリッツとエイドリアン・シャーウッドのジョイント・ライブは行けなかったけれどどうだったんだろう? やはりレゲエ色が強かったんだろうか。さておき。「Al&BUM」の中でも特にオールドスクール・エレクトロ色の強いこの曲を選びました。モロにグランドマスター・フラッシュなフロウ、ダースベイダーのメロディも中盤で登場します。他に「Hot But Milky Like Hot Milk」「Kiiiiiii For Any Occasion...Or Just For Fun !」「Hello Darkness」(この曲はストロベリー・スイッチブレイドそのもの・・)も素晴らしい楽曲です。音楽を楽しんでるのが直に伝わってきます。DJの時はマイケル・ジャクソンをかけるそう。いいなぁ。昔から女の子の等身大で真っ直ぐでウソのない表現には脊髄反射的に反応してしまいます。

サマー・クリアランス・セール - Best Music

HIM&ウルトラ・リヴィングのライブに行った際、ライターの福田教雄さんにサンプル盤をいただきました。なんとも脱力なジャケと中身にノックアウトされました。あえて何度も取り出して聴くかと言われればノーなんだけれど、存在自体がポップアートな貴重な一枚。モンドやミューザック(MUZAK)として分類されそうですが、こういうのは作り手がフザけて冗談っぽくやるのではなくマジに振り切れないと(今の時代感としても)面白くありません。小田島等さんはすこぶるマジなんだと思います。細野しんいちさんの音作りも堂に入ってます。インナーに寄せた福田さんの解説がよかったです(是非、読んでみてください)。そういえば、アトムハートもスーパーマーケットの音楽をテーマにアルバムを作りたいと数年前に言っていた。普段、センスが良いと思い込んでる僕らの音楽生活を反証するために。ユーモアというのは批評精神そのもの。僕の中では、KiiiiiiiもBEST MUSICもつながっています。

15 Step - Radiohead

「In Rainbows」の中から冒頭のエレクトロニカ色が唯一強いこのナンバーを選びました。今回の選曲はmessyでケオティックな曲ばかりです。最近、「Radiodread」や「Exit Music」といったカバー・アルバムで、レディオヘッドの楽曲の良さを再認識していたところです。 レゲエになってもR&Bになっても、どう料理されても芯にメロディが残っている。こういう音楽はやはり強い。Hostessにいただいた資料によると、「In Rainbows」は120万ダウンロードを記録し、平均4ポンド(950円)をユーザーが支払ったそうです。関連エントリーはコチラ

Ether - Jay Tram

マイアミのベータ・ボディガの近作は、この作品とかEpstein & El Conjuntoもそうだけれど、柔らかい、断片的な心象風景、サウンドスケープというか身の回りのサラウンドスケープを描き出すような方向性にシフトしてきてるのかなと思いました。一方で、ヒップホップという核は持続しています。Jay Tramは、選ぶ音にロックとジャズがちょうどよく混在していて、エーテル=Etherというこの楽曲は、空気や水のような浮遊感とエレクトリック・マイルスのようなフリーフォームを感じさせます。あと、ここ最近の潮流としてのサイケデリック色が濃い。ラストの「Work Song」はメディテーション・ミュージックのような酩酊感があります(短いのが残念)。内側に向かいつつも自閉しないで開かれているというか、全体としてはどこにも行き着かない3分くらいのスケッチを集めたような感触は、スペンサー・ドーランにも通じるものがあります。と、思わず分析してしまいたくなりますが、こういう傾向はしばらく続きそうです。

Umoja (Unity) - The Jahari Massamba Unit Feat. Karriem Riggins Trio

今年聴いたアルバムの中でもガツンと来た一枚(僕は、今年のベスト的なものがあまり好きではないし、そこまで多くのアルバムを聴き比べてもいないので、あくまで、現時点での、というくらいの軽い感じでとらえて下さい)。もはや埃っぽいスモーキーなブレイクビーツというカテゴリーも必要ないようなマッドリブ/YNQの新作です。DJやトラックメイカーがジャズ・ミュージシャンと組むと、結果はあまりよろしくないというか、予想以上の化学反応は生まれにくいというのが僕の正直な感想ですが(こちらの期待値が高すぎるのかもしれません)、このアルバムにあふれた才気はそういう邪心を軽く超えた音楽としての極めて真っ当なプレゼンテーションが為されています。フェイクがフェイクを超える瞬間というか(ブレイクビーツがフェイクで生ジャズが本物だとかそういうことではなく)、オーセンティックとエキセントリックの狭間を自由に行き来することが、時代と並走する現在進行形の音楽の特権でもあり、また、自明の命題だと思いますが、ここにはその一つの解答があるのではないかと言ってしまいたくなります。まさに、イエステデイでニューなクインテットというコンセプトを具現化した内容。「Upa Neguinho」や「Barumba」や「Bitches Brew」といった耳慣れたナンバーのカバーも耳を引きますが、ジャズ・ドラマー/プロデューサーのカリム・リギンスがスリリングなドラミングを聴かせるこの曲を選びました。

その他、Jonathan Krisp、Sub Version、Alf Emil Eik、The Durutti Column、Michael Fakeschなどがかけられなかったので、また次回。