2007/12/10

トム・ダウド、アトランティックの舞台裏を覗く

「トム・ダウド/いとしのレイラをミックスした男」を観た。

アトランティック・レーベルのエンジニア、トム・ダウドのドキュメンタリー。映画が始まって早々に、矢継ぎ早にコード進行をミュージシャンに指示するトム・ダウドの姿が映され、卓を黙々といじる人というエンジニアに対する固定観念は破られる。アグレッシブで外向的なニューヨーカー。そんな印象だ。彼はエンジニアであると同時に、ミュージシャンと積極的にコミュニケートするプロデューサーであり、知識豊富な音楽家だった。以下、メモ。


1942年から1946年までは、コロンビア大学で原子爆弾の研究を受注され、携わる。

1947年に原子物理学者になることをあきらめ、音楽業界〜アトランティックに入る。

アーメット・アーティガンと共にアトランティックの屋台骨だったトム・ウェクスラーは元々ビルボード誌のライターで、「人種(レース)・ミュージック」という呼称をR&Bに変えた。

プロデューサーのフィル・ラモーンはトムの先輩であり良きアドバイザーだった。

トムはベースを弾ける音楽家でもあり、それまで録音レベルが小さかったベースを大きくすることに貢献した。

ダイレクト・カット、カッティング・マシンでアセテート盤に直接録音する時代で、トムは「教授」と呼ばれる老技師のアシスタントだった。

「録音とミキシングが同時だった」=編集が不可能だったと、アトランティック元社長アーメット・アーティガン。

1948〜49年にスタジオに磁気テープ(オープンリール)が導入される。

当時のレコーディング用の卓はラジオからの払い下げが多く、それらをトムが改良したカスタムだった。

トムはそれまでの扱いにくいノブ(ダイヤル式)をスライド式に変えた。ということはフェーダーを発明したのもトム!?

1950年代、誰よりも早く自宅で8トラックによる多重録音を行っていたレス・ポールという先駆者がいて、トムはスタジオで初めてアンペックスの8トラックを導入。いわゆるダビングが本格的に可能になる。(レス・ポール - Wikipediaによると、アンペックスの8トラックはレス・ポールの全面的協力で1952年に発売された)

8トラックの導入で、すぐにその場で判断する必要がなくなり、「選択」という行為が可能になった。

1967年、イギリスのジョージ・マーティンのスタジオを訪ねるが、彼らはまだ4トラックだったそう。


個人的にはマルチトラック・レコーディングの歴史をなぞるような前半が面白く、サザン・ロック、ブルース・ロックの影の立役者としてのトムを映す後半は少し退屈だった(ハイライトは「いとしのレイラ」の制作エピソードなのだろう)。原爆=マンハッタン計画との関わりは思ったよりアッサリと描かれていて残念。シンセサイザーは元より、テクノロジーをひも解いていくと軍事技術に突き当たる。トムがひとりの人間として音楽と戦争テクノロジーの両方に深く関わっていたというのは、やはり凄いことなのだ。

アトランティックの音を体現したもうひとりの男、アリフ・マーディンの姿が見れたのもうれしい(登場シーンはちょっとだが)。調べたら、2006年に亡くなっていた。憧れの人だった。ブッカー・T&MG'sの演奏、素のアレサ・フランクリンが見れる録音風景も印象に残る。映画のラストで、トムがアーヴィング・バーリンの曲をピアノで弾くのだけれど、なんと良い曲なのだろう。ラグタイムとジャズがシンプルに料理されていて洒脱。黒人音楽を大衆音楽に橋渡し=翻訳したのはモータウンとアトランティック。後者の秘密の一部を確認できた。

2007/12/08

DJ Based On Base: DJカルチャーのタイムスケール

Radio Sound Painting 12月度放送のこぼれ話です。

放送後のリラックスした雰囲気の中、DJ KIYAMAさんがなぜか披露してくれた日本で最長のDJの話。KIYAMAさんはDJ歴約30年で、六本木か新宿かというディスコ時代の二大潮流の中では六本木派に属し(渋谷や西麻布や品川埠頭はその後)、彼の先輩がおそらく最長老で37,8年、DJしているということらしいです。海外はともかく、日本ではだいたいそのくらいのタイムスケールになるのでしょう。さらに、沖縄には伝説の御年60代のDJがいるそうです。沖縄基地=ベースをベースにして、自分のレギュラーDJのハコを持っていれば、たとえ一年一回しかDJしなくても持続しているとカウントされるのでは?という話には頷いてしまいました。ベースをベースにしたベーシックな小説というのは、初期の村上龍のキャッチフレーズです。アメリカで生まれたDJの創世記はだいたい70年代、もっと遡ると50年代のラジオのディスクジョッキーに行き着くというのが通説です。しかし、実際はもっと曖昧で不確かな状態がそこここにあったのではないかと。

以前、インドープサイキックスのCDリリース当時、DJ KENSEIに取材した際(環八沿いのカフェ、D&DEPARTMENTが取材場所でした、KENSEIが多摩川の近くに住んでいた頃です)、ディスコの奥深さについて非常に面白い内容を聞けたのですが、残念ながらその原稿は諸事情によりボツになってしまいました。ディスコを通ってるかどうかでその人の出す音の説得力が違うというのは、ひとつあるのかなという気がします。ディスコというのは、酸いも甘いもひっくるめて引き受けるというか、その人の趣味やセンスうんぬんの前にまず「現場」があり、否応なく、見ず知らずのお客を踊らさせる、楽しませるという命題があるワケで、そこで鍛えられる現場感覚と、今のタコツボ的な環境で同じカルチャーに身を浸す仲間と楽しむパーティというのはやはり違ってくるのは当然です。どっちが良いか悪いかはまた別問題ですが。

OPENERS - DJ KIYAMA×SHIBUYA-FM 78.4MHz | SHIBUYA-FM

Radio Sound Painting 2007.12

12月度のプレイリストはコチラです。


Jjplvdnb - Jean Jacques Perry & Luke Vibert

ここ数年ディスコやアシッドに傾倒していたルーク・ヴァイバートと70代のジャン・ジャック・ペリーのコラボレーション。コラボやフィーチャリングにはいい加減飽き飽きしている自分でも、この組み合わせには必然を感じました。以前、ルークとギタリストのB.J.コールがコラボした作品(双方の相性がよいエキゾな佳作)は、デヴィッド・トゥープが仕掛人というか二人を引き合わせていたんだけど、今回も影の立役者がいるのだろうか。そんな余計な詮索はともかく、「Moog Acid」というタイトル通りの明快なキャラクターが刻まれた作品です。いわゆるアシッド色はやや薄かったかも。シンセサイザーの活き活きとした「うたってる」響き、繊細でいて豪快なアーティキュレーションはやはりサンプリングでは出せないと当たり前のことを再認識させます。アルバム中、最も「エレクトリカル・パレード」を彷彿とさせるこの曲を選びました。

Remix Of Nothing (Cut Off Intro) - Daedelus

デイデラスの新作から、某大御所クルーナーのボーカルをサンプリングしたキャッチーな「Admit Defeat」と迷って、こちらにしました。「Make some noise!」という掛け声、歓声、ヘッポコなエレクトロのリズム、8ビット・ゲームのエフェクト音、エキゾティックなストリングス、8分のOddなベースライン、「This is it. This is what I say. The remix this is. This is its. The remix」というデイデラス本人の(?)ボーカル。どれもがレトロでアウェイですが、これらを一つにまとめあげ新鮮に聴こえさせる手腕は彼だけの個性でしょう。この言葉遊びは「このリミックスには原曲はない」というタイトルと呼応して、ウィットに富んでいます。ルーク・ヴァイバートもデイデラスも、ずっと陽性のユーモアとウィットのあるインティメイトなインストゥルメンタルを作り続けている。そこに惹かれます。

Dancevader Biber-Hill Pop - Kiiiiiii

僕はまったくノーマークだったのですが、ジオデジック下城さんと某Jで雑談してる時に「いままたスカムがキテますよ」と教えてもらったのがKiiiiiiiの「Al&BUM」でした。カラフルな音色、巧みな展開、歌心を満載。試聴してすぐ気に入り紹介することになった次第。スカムかどうかはわからないけれど、なんとなく僕も大好きな映画「ゴースト・ワールド」を思わせるジャンクでトラッシーなガール・パワーを感じます。ハルカリやバッファロー・ドーターやピーチズやチック・オン・スピードや懐かしいリオのような活きのいいガールズ・ポップとして、素直に聴くのが一番かと。ガーリーと書くと、一気に90年代にリワインド。ライオット・ガールズも遠くなりにけり。そういえば、スリッツとエイドリアン・シャーウッドのジョイント・ライブは行けなかったけれどどうだったんだろう? やはりレゲエ色が強かったんだろうか。さておき。「Al&BUM」の中でも特にオールドスクール・エレクトロ色の強いこの曲を選びました。モロにグランドマスター・フラッシュなフロウ、ダースベイダーのメロディも中盤で登場します。他に「Hot But Milky Like Hot Milk」「Kiiiiiii For Any Occasion...Or Just For Fun !」「Hello Darkness」(この曲はストロベリー・スイッチブレイドそのもの・・)も素晴らしい楽曲です。音楽を楽しんでるのが直に伝わってきます。DJの時はマイケル・ジャクソンをかけるそう。いいなぁ。昔から女の子の等身大で真っ直ぐでウソのない表現には脊髄反射的に反応してしまいます。

サマー・クリアランス・セール - Best Music

HIM&ウルトラ・リヴィングのライブに行った際、ライターの福田教雄さんにサンプル盤をいただきました。なんとも脱力なジャケと中身にノックアウトされました。あえて何度も取り出して聴くかと言われればノーなんだけれど、存在自体がポップアートな貴重な一枚。モンドやミューザック(MUZAK)として分類されそうですが、こういうのは作り手がフザけて冗談っぽくやるのではなくマジに振り切れないと(今の時代感としても)面白くありません。小田島等さんはすこぶるマジなんだと思います。細野しんいちさんの音作りも堂に入ってます。インナーに寄せた福田さんの解説がよかったです(是非、読んでみてください)。そういえば、アトムハートもスーパーマーケットの音楽をテーマにアルバムを作りたいと数年前に言っていた。普段、センスが良いと思い込んでる僕らの音楽生活を反証するために。ユーモアというのは批評精神そのもの。僕の中では、KiiiiiiiもBEST MUSICもつながっています。

15 Step - Radiohead

「In Rainbows」の中から冒頭のエレクトロニカ色が唯一強いこのナンバーを選びました。今回の選曲はmessyでケオティックな曲ばかりです。最近、「Radiodread」や「Exit Music」といったカバー・アルバムで、レディオヘッドの楽曲の良さを再認識していたところです。 レゲエになってもR&Bになっても、どう料理されても芯にメロディが残っている。こういう音楽はやはり強い。Hostessにいただいた資料によると、「In Rainbows」は120万ダウンロードを記録し、平均4ポンド(950円)をユーザーが支払ったそうです。関連エントリーはコチラ。

Ether - Jay Tram

マイアミのベータ・ボディガの近作は、この作品とかEpstein & El Conjuntoもそうだけれど、柔らかい、断片的な心象風景、サウンドスケープというか身の回りのサラウンドスケープを描き出すような方向性にシフトしてきてるのかなと思いました。一方で、ヒップホップという核は持続しています。Jay Tramは、選ぶ音にロックとジャズがちょうどよく混在していて、エーテル=Etherというこの楽曲は、空気や水のような浮遊感とエレクトリック・マイルスのようなフリーフォームを感じさせます。あと、ここ最近の潮流としてのサイケデリック色が濃い。ラストの「Work Song」はメディテーション・ミュージックのような酩酊感があります(短いのが残念)。内側に向かいつつも自閉しないで開かれているというか、全体としてはどこにも行き着かない3分くらいのスケッチを集めたような感触は、スペンサー・ドーランにも通じるものがあります。と、思わず分析してしまいたくなりますが、こういう傾向はしばらく続きそうです。

Umoja (Unity) - The Jahari Massamba Unit Feat. Karriem Riggins Trio

今年聴いたアルバムの中でもガツンと来た一枚(僕は、今年のベスト的なものがあまり好きではないし、そこまで多くのアルバムを聴き比べてもいないので、あくまで、現時点での、というくらいの軽い感じでとらえて下さい)。もはや埃っぽいスモーキーなブレイクビーツというカテゴリーも必要ないようなマッドリブ/YNQの新作です。DJやトラックメイカーがジャズ・ミュージシャンと組むと、結果はあまりよろしくないというか、予想以上の化学反応は生まれにくいというのが僕の正直な感想ですが(こちらの期待値が高すぎるのかもしれません)、このアルバムにあふれた才気はそういう邪心を軽く超えた音楽としての極めて真っ当なプレゼンテーションが為されています。フェイクがフェイクを超える瞬間というか(ブレイクビーツがフェイクで生ジャズが本物だとかそういうことではなく)、オーセンティックとエキセントリックの狭間を自由に行き来することが、時代と並走する現在進行形の音楽の特権でもあり、また、自明の命題だと思いますが、ここにはその一つの解答があるのではないかと言ってしまいたくなります。まさに、イエステデイでニューなクインテットというコンセプトを具現化した内容。「Upa Neguinho」や「Barumba」や「Bitches Brew」といった耳慣れたナンバーのカバーも耳を引きますが、ジャズ・ドラマー/プロデューサーのカリム・リギンスがスリリングなドラミングを聴かせるこの曲を選びました。

その他、Jonathan Krisp、Sub Version、Alf Emil Eik、The Durutti Column、Michael Fakeschなどがかけられなかったので、また次回。

2007/11/15

The Big Issue

渋谷駅のバス停に降り立って、ふと目に入ったのが、プロペラをつけたベースボールキャップをかぶったおじさんの姿。彼がその場所で販売する「The Big Issue」の80号と82号を買ってみました。存在は知っていたものの、まさか、いつも通るその場所でソレが売られているとは知りませんでした。自分の視野狭窄を戒めるために、というのは全くの口実で、どんなことが書いてあるのかに興味があり、手に取ってみました。

本国の記事もあるけど、ほとんど日本オリジナル仕様のようです。ことさらエッジーではありませんが、特定の層に向けた偏向した作りではなく、読みやすくしっかりした内容です。連載では、斉藤環と料理研究家の枝本なほみの名前が。「The Big Issue」の表紙はハリウッドスターなどのセレブリティが多いのですが、ソールドアウトになった号は初期をのぞくと、アリシア・キーズ、アンパンパン&やなせたかし、ディック・ブルーナ、そして、なぜかジョニー・デップが三回もカウントされています。

80号までは200円で、81号から300円に値上がりしたとのこと。これは80号にインタビュー掲載されている「The Big Issue」創業者のジョン・バードが来日した際、日本における事情を知ってすぐに値上げさせたからとおじさんは説明してくれました。少年院暮らしをしていたこともある労働者階級のジョン・バードがボディ・ショップの社長と出会うことで生まれた「The Big Issue」。ちょっと横道にそれますが、世界の図書館で最も蔵書数が多いのは大英図書館がダントツで約10億冊。国会図書館は3000万冊(ソースはR25.jp)。規模が違う。イギリスの懐の深さ、あるいは大英帝国がいかに世界に君臨していたかを示すような数字です。

「その帽子はタケコプターですか?」とおじさんに聞くと、「これはプラスチックで出来てるからプラコプターなんだよ」と笑いながら答えが返ってきました。高田馬場のホームセンターで50円で売られていたというこの帽子のおかげで声をかけてもらうことが増えたそうです。失礼ですが、彼のファンキーな格好で想起したのが、大友克洋の「童夢」に出てくる超能力者の老人です。社会的弱者と見なされている者がガラクタやガジェットを収集して身を飾ったり自分の王国を作るというのは、本来の対抗文化のひとつの構成要素としてあるのでしょう。僕のホームレスに対するイメージがおじさんと話すことで変わりました。

いま、この文章を書きながらiTunesのパーティシャッフルで曲を聴いていたら、英国人のミニマリスト、ギャビン・ブライヤーズの「Jesus' Blood Never Failed Me Yet」が流れてきました。「イエスの血は決して私を見捨てないだろう」というホームレスの歌がループしてコーラスやストリングスが重なっていくとても物悲しく陰鬱な曲です。毎日聴きたいという曲ではありません。ただのムード・ミュージックとして消費されないプレゼンスのある曲です。この偶然にはビックリしました。

2007/11/13

Bubble Architechture

最近読んだムックっぽい雑誌「バブル建築へGO!」が面白かったです。女性二人によるけんちくユニット(「建築」ではなく、「けんちく」もしくは「ケンチク」というニュアンス、わかってもらえるでしょうか?)=ぽむ企画の責任編集。僕が個人的に建築に興味を持って掘り下げていた時期に、ぽむ企画のサイトをよくナナメ読みしていました。この本ではバブル期の建築にチャチャを入れつつストレートに対象にメスを入れています。オモシロマジメという言葉を思い出しました。このノリ、どこか懐かしいというかまさにサブカル(インターネット初期のまだ整備されてない野放しの空間に近いというか、ウェブ2.0以前というか)、最近ではこういう軽快な批評をまとまった形であまり見かけないので新鮮でした。というか、ブログってこういうパーソナルな思考を一気に吸収してしまったんだなと思います(ぽむ企画の日記がブログじゃないところが象徴的)。

悪名高いM2(今は葬儀場になっている!)を作った隈研吾や磯崎新のもとでバブルを経験した青木淳など、建築家たちの証言が読みどころです。高松伸のキリンプラザ大阪が取り壊しになるという話も初めて聞きました。バブル華やかりし頃、一会社員として大阪で勤務していた時期に、リドリー・スコットの「ブラック・レイン」に登場したこの建築の中に入ったことがあります。意外とそんなに大きくなく、派手な外観に比べ中の印象はあまりなく、狭いけれどスタイリッシュなトイレがなぜか記憶に残っています。そういえば、先日亡くなられた黒川紀章のソニータワーも今は現存していません(写真はこちらが鮮明です)。もちろん、当時は黒川紀章の作品だとはツユとも知らず、心斎橋に行けば必ず立ち寄るスポットでした。フロア面積は狭かったけれど明るくソニーらしいアミューズメント空間でした。細野晴臣の「オムニサイトシーイング」を初めて視聴したのもここ・・・。ワールド・ミュージック全盛時代ですね。

実際の使われ方や企業のアプローチとしては、キリンプラザよりもソニータワーの方が一枚上手だったと推測されます。76年竣工のソニータワーの方が87年竣工のキリンプラザよりも近未来、アカルイミライだったというか。キリンプラザ大阪は良くも悪くもモニュメンタルな建物、むしろ当時から遺跡に近かったという言い方もできるでしょう。モノリシックな遺跡、ですね。「バブル建築へGO!」のインタビューで、高松伸が「ポスト・モダンの潮流と一括りにされたけれど、ポスト・モダンは歴史の引用で自分はそうじゃなかった」と発言しているのも興味深いです。それまでの建築になかった物語性や虚構性という点で、建築家が社会性ではなく極めてパーソナルな自己表現・自己表出に向かっていた点で、やはり高松伸はポスト・モダンのひとりだったのではないでしょうか。なお、ソニータワーの施工は竹中工務店だそうです。最近だと、MVRDVが手がけた表参道のGYREも竹中工務店(まだ実物を見てないけれどどうなんだろう?)。著名建築家によるケンチクが施工者側からどう見えているのか、自分がもし取材する機会があるなら聞いてみたいです。

バブル時代の建築の検証で面白いなと思ったのは、パンチング・メタルが手法として多用されたという事実。気分としてのパンチング・メタル。または、パンチング・メタルに魅せられて。バブル期の音楽で言えばなんだろう? スネアにかかったゲート・エコー? サンプリングの連打? メタリックな音色のパーカッションに代表されるインダストリアル? ちょっとわかりやすすぎでしょうか。スカスカで浮遊感のある音場構成はバブルっぽいのかもしれません。浮遊感もバブル建築の重要なキーワードです。巷の80年代リバイバリズムって肩入れしたくないような表層的なものが多い気がしますが、この本のように緻密で具体的な検証が音楽でも可能なら読んでみたいです。

恥ずかしながら、この本を読むことで、レム・コールハース以前と以降という頭でなんとなく受け止めていたことをやっと図式化できました。レム・コールハースは自律するケンチク、思弁し内向する自閉的なハイアートとしてのケンチクというバブル期のポスト・モダンの悪しき袋小路を突き破って、現実社会と向き合い闘うことでしかブレイクスルーはありえないということを身を以て実証しています。現実と知的に戯れるというようなバブル時代の生半可なレベルではなく、徹底的なリサーチとプログラミングで現実を問いただし、現実を自らの力で変えようとすること。実は、建築の一ファンに過ぎない自分がコルビュジェのような過去形の巨匠ではない人で一番インパクトを受けたのがコールハースです(僕にとって建築が他の表現より優位性があるとするなら、それは社会性の一点に尽きると思います)。

本来、アンビルトである建築が様々な社会的障壁をクリアして現実に立ち上がるというダイナミズム。コールハースは、例えば安藤忠雄に対して外国人が抱くような禅を感じさせる静かな佇まいとは対極的です。環境に馴染み、自然と同一化するのではなく、環境そのものを積極的にプログラミングする。それは傲慢さにもつながるし、植民地主義=コロニアリズムやグローバリゼーションに乗ることにもつながる。実際、コールハースの最近のプロジェクトは、中国やドバイのクライアントだったりする。でも、安易にそれを批判することは難しい。建築(に限らずですが)はリアライズしない限りは専門領域の閉ざされた言論空間、夢想の領域に留まってしまいます。グローバリズム批判は自分の足下を見ないキレイごとに陥る危険性がいつでもあるのは言うまでもなく。

理屈はともかく、北京のCCTVやドバイのリゾート都市案は、単純にこんなに奇抜で奇妙なモノが建つ=立つんだというセンセーショナルな驚きがあります。後者は古典的なSF都市の景観そのものです。極めつけは、デス・スターを思わせるドバイの物件。冷徹な思考によるケンチクが大衆的なポップ・アイコンに近づいてしまうという皮肉。どこかで見聞きしたような話です。バブル時代の東京がそうだったように、ドバイも2〜30年後には同じように懐古され、あるいは忘れ去られるのでしょうか。例えば、ザハ・ハディドの建築の優美で未来的なフォルムが、逆に形式主義者=フォルマリストに見えてしまうという嫌いがあるのに対し、コールハースの建築は受け手の「これはいい、あれはよくない」という審美眼に殴り込みをかけるようなパワーがあります。彼の建築はシンプルな直線で構成されているものが多く、直方体を切ったりズラしたり分節化したりすることで既成概念を崩すという手法が見られます。完成した建築の有無を言わせないアイコンとしての明快さ、力強さが驚きにつながるのでしょう。

しばらくケンチク方面の興味が薄れていた、ケンチク熱が冷めていたので(有志と「Re: 建築+エレクトロニカ」なるイベントをやったのも遠い昔のようです)、これをきっかけにコールハースの「錯乱のニューヨーク」を読み返したい気もします。ただ、あの甚大なエネルギーに立ち向かうにはもう少しこちらが充電しないと。青木淳のサイトに書いてあった「面白いことなら何でもしよう」。これもコールハースに通じるものがあります。僕自身も彼らとはまったくレベルは違いますが、ミーハーな野次馬根性を失わず、面白がることを忘れないでいようと改めて思いました。

2007/10/25

Perfume

「Chocorate Disco」と「Polyrhythm」のトラック・メイキングについて、推測も含め分析してみました。

「Chocorate Disco」は、サビに至るまでのAメロ〜Bメロ、「チョコレート・ディスコ」と連呼するCメロ(サビ1)と「ディスコ・・・チョコレート」と連呼するDメロ(サビ2)の4パートで構成されています。2パートあるサビはシンプルなリフレインながら巧みにアレンジされ、飽きない作りになっています。ポイントは、2分38秒あたりに用意されたDメロのバリエーションでありブリッジでもある箇所で、それまでの能天気な歌謡ディスコを裏切るように、シンセ・ストリングスの泣きのコードがグッとせり上がってくるところです(ギターが控えめな音量でその効果を補強)。

このシンセはイントロ直後のCメロでも鳴っていますが、その時はオケの一部なのであまり目立たず、この劇的なターニングポイントにおける単独使用で景色が一変します。オケの一部を抜く手法はダブ〜ダンス・トラックでは常套手段です。これ以降はマイナー調のコード進行を多用してクライマックスを盛り上げています。前半までとはトラックの印象がガラッと変わってしまうのです。この後半をもっと伸ばして、エクステンデッド・ミックスにしたいと思うのはきっと僕だけではないでしょう。

「Polyrhythm」はこの手法を発展させ、バックトラック全編に渡って、空間を埋め尽くす白玉シンセ・ストリングスの嵐になっています。これってやり方次第でベタッとしたメリハリのないトラックになりがちだと思うのですが、洗練されたコード進行とメロディの良さ、ダフト・パンク譲りの自己主張するベース、お題目のポリリズムを曲のアクセントとして配することで、単調さから逃れています。Aメロ〜Bメロ(サビ1)〜Cメロ(サビ2、Bメロの変形)〜Dメロ(ポリリズム・パート)〜Aメロ〜Bメロ〜コーダ(Cメロ+Dメロ、ポリリズム・パート)という構成でより複雑です。実質はAメロとBメロしかないとも言えます。

Aメロ〜Bメロは計2回繰り返されるのですが、微妙にメロディの節回しを変えていることです。一回目のBメロでは三度目の「繰り返す」だけが頭の音程が高くなっていて、二回目のBメロでは全部同じです。一回目と二回目のAメロでは、さらに多くの変化があり、このへんが隠れたフックになっているのではないでしょうか。おそらく、ヴォーカルを録った後で(ボコーダー効果はもちろんのこと)音程を含めたエディットをかなり周到に試している気がします。ポリリズムのパートに耳が引かれがちですが、メロディの起伏もこの曲のチャームなのではないかと思います。

この2曲は制作時期が近いこともあって兄弟のような関係で、「テクノポップ」三部作から一歩踏み出したハウシーな意欲作です。ボトムが強化されたとかそういうことじゃなく、よりミニマルな楽曲構造が本来のハウスに近づいたという気がします。特に、「Polyrhythm」に漂う無常感、時間感覚・歴史感覚が融解するようなスケール感は、あくまでポップスの作法で(広義の)ミニマル・ミュージックのソレに近づいていると無茶を言ってしまいたい、そんな欲望にかられます。

「クイック・ジャパン」のPerfume特集を読むと、Perfumeがこうなったのは偶然が重なった結果であり、だからこそ、予定調和ではないエアポケット的な存在になりえたのではないかと思います。

リンク:「RadioSoundPainting 200710」

Prince, Pop Life

Prince - Pop Life

What's the matter with your life
Is the poverty bringing U down?
Is the mailman jerking U 'round?
Did he put your million dollar check
In someone else's box?

Tell me, what's the matter with your world
Was it a boy when U wanted a girl? (Boy when u wanted a girl)
Don't U know straight hair ain't got no curl (No curl)
Life it ain't real funky
Unless it's got that pop
Dig it

*
Pop life
Everybody needs a thrill
Pop life
We all got a space 2 fill
Pop life
Everybody can't be on top
But life it ain't real funky
Unless it's got that pop
Dig it

Tell me, what's that underneath your hair?
Is there anybody living there? (Anybody living there)
U can't get over, if U say U just don't care (Don't care)
Show me a boy who stays in school
And I'll show U a boy aware!
Dig it

*=repeat

What U putting in your nose?
Is that where all your money goes
(Is that where your money goes)
The river of addiction flows
U think it's hot, but there won't be no water
When the fire blows
Dig it

*=repeat


ポップライフ

君の人生はどうなってるの?
貧乏で落ち込んでる?
郵便屋に頭を悩ませられてる?
彼が君の100万ドルの請求書を
誰かの郵便ボックスに入れたから?

君の世界がどうなってるのか
教えてくれないかい?
お気に入りの女の子が男の子だった?
ストレートヘアはカールしないって
知らないの?
人生はポップに弾けない限りは
本当の意味でファンキーとは言えない
わかる?

(*)
ポップライフ
誰もがスリルが欲しい
ポップライフ
僕らは満たされたい
ポップライフ
誰もがトップになれるわけがない
人生はポップに弾けない限りは
本当の意味でファンキーとは言えない
わかる?

君の髪の下には何があるの?
誰か知らない人がそこに住んでいる?
「関係ないよ」と言ってる限りは負けさ
学校に居続ける子供を連れてきたら
人生に目覚めた子供を引き合わせよう
わかる?

(*)=繰り返し

君の鼻には何が入ってる?
君の持ってたお金はどこに行っちゃったの?
依存症の濁流に流されてる
燃え上がってしまえば
ホットに感じるだろうけど
水はそこにはないんだ
わかる?

(*)=繰り返し


ミディアム・テンポの軽いんだか重いんだかよくわからない、ダンスフロアでは即効力を発揮しなさそうな生ドラムの上に乗る、不安を煽るようなシンセ(プリンスのリズム感って昔からキレが良いのか悪いのか時々判断できないところがある)。いまだにこの曲の浮遊するシンセの音色をプリンスがどうやって作り出したのかがわからない。あえて調べないのは魔法が解けるのが怖いからだろう。70年代プログレとも、90年代テクノとも違う、1985年ならではの生々しいシンセ・ファンク。欲望について、消費社会で生きることについて、小気味よい比喩を並べて、リスナーを煽動するリリック。

ゴブリンが音楽を手がけた「ゾンビ」の公開は1978年で、ゾンビよりもスーパーマーケットという消費社会の象徴となる舞台そのものが恐怖の対象であるこの映画から80年代半ばくらいまでは、「Pop Life」のような物質主義の空虚さや空疎さを指摘する歌が、ある鋭さと批評性をもって成立しうる文化圏内だったということだろうか。いまもそのメッセージが陳腐にならないのは僕らが消費社会に住んでいるからで、だとしても、いまこの歌をリアルタイムで発表したらそこまでのインパクトがあるかどうか。ふと思い出したのは、ケリスの「テイスティ」収録の「The Millionaire」で、このプリンスに影響を受けたことが明らかなアンドレ3000による素晴らしい楽曲は、「5番街には愛は売ってないわ」と、よりハッキリとダイレクトに物質主義や拝金主義にノーと言っている。テーマ自体は古びない普遍性があるのだろう。メタファー(隠喩)の豊かさという点では「Pop Life」の方が上で、その醒めた視点はとても似通っている。

リンク:「オトヒトエコトバ ポップライフ序説」
リンク:「YouTube - Kelis feat. Andre 3000 - Millionaire」

XTC, Stupidly Happy

XTC - Stupidly Happy

I'm stupidly happy
Everything's fine
I'm stupidly happy
My heart pumping wine
I'm stupidly happy
With idiot grin
I'm stupidly happy
You won't catch me in

All the birds of the air call your name as they land on my kitchen roof
All the fish in the sea do the same if you need extra proof

I'm stupidly happy
My vision is skewed
I'm stupidly happy
I'm coming unscrewed

And if the devil walks up dressed in any disguise
I take him by the collars look him in the eye
I'm stupidly happy
Now you're my defense
I'm stupidly happy
It's all making sense

I'm stupidly happy
I roll like a train
I'm stupidly happy
With you in my brain

All the lights of the cars in the town form the strings of a big guitar
I'm a giant to play you a tune for wherever you are
I'm stupidly happy
Are the words to that song
I'm stupidly happy
And nothing is wrong
And should the devil walk up with his business card out
I'll tear it to confetti with a grin and shout,
"i'm stupidly happy"
All of the time
I'm stupidly happy
Now you're mine


ステューピッドリィ・ハッピー


バカバカしいくらいに幸せ
すべてはうまくいってる
愚かしいほどにハッピー
心臓は興奮してバクバクと脈打つ
バカバカしいくらいに幸せ
痴れ者のような笑顔で
愚かしいほどにハッピー
僕はあてどなくさまよう

空飛ぶ鳥たちは僕のキッチンの庇に止まって君の名前を呼んでいる
海泳ぐ魚たちは君がどうしてもと言うなら同じことをするだろう

バカバカしいくらいに幸せ
僕の視界は歪んでる
愚かしいほどにハッピー
僕はネジが外れたままお出ましさ

悪魔がどんな変装をして歩いてきても
僕はヤツの襟首をつかんでにらみつけてやる
バカバカしいくらいに幸せ
君は僕を守ってくれる
愚かしいほどにハッピー
すべてに意味はあるのさ

バカバカしいくらいに幸せ
列車みたいに揺れながら歩く
愚かしいほどにハッピー
君といっしょなんだ、頭の中では

街中の車のライトが巨大なギターの弦をかたどる
君がどこに居ようとも君のためなら僕は巨人となって曲をつま弾く
バカバカしいくらいに幸せ
それがこの歌に捧げる言葉
愚かしいほどにハッピー
何も間違っちゃいない
悪魔が名刺を取り出し歩いてきても
僕はニヤニヤしながらそれを紙吹雪に切り裂きこう叫ぶ
バカバカしいくらいに幸せ
いつ何時でも
愚かしいほどにハッピー
いま君は僕のもの


浮き立つような酩酊感と多幸感。この曲を聞けば、その気持ちをいつ何時でも取り出すことができる。

タイトルとリリックと曲が固く手を組み、「ヒネくれた」という枕詞を外して真っ直ぐストライクに届くストローク。ひたすら単調なリフが続き、そこにさらにギターのアルペジオとコーラスが重なるだけの、シンプルの極みなレシピ。この曲の効用は、沈んだ心をも高揚させるだろう、訳知り顔をすることが恥ずかしくなるほどに。物事は実は単純であるハズなのに、不必要に複雑にしてはいないだろうか。警戒心は「愚かしい」という言葉とセットになっている。(単純さは記号やロゴやマークやピクトグラムのように明快に作用するべく立ち振る舞う。それらは死んでいるのだろうか。生きているのだろうか。いままさに語りかけようとしているのか。)

「stupidly happy」と何度も繰り返すことで、その声の伸びた語尾がやや震えながらビブラートを伴って消えていくことで、その後の余白を呼び込む。「fine」と「wine」、「skewed」と「unscrewed」、「defense」と「sense」、「train」と「brain」、「song」と「wrong」と、韻の踏み方はスムーズで心地よい。曲を形成するそれぞれのパーツはお互いを支えながら、無くてはならないものとしてそこにある。市井の日用品として見出される「用の美」。「ふつう」のフトコロの深さ。これは本質的にデザインであり、一般的なデザインの冷徹さとは無縁なエモーションがあり、そのシンプリシティに英知が潜んでいる。

リンク:「オトヒトエコトバ ステイハングリー」

2007/10/14

Radiohead, It's Up To You

リスナーの好きな値付けでダウンロードできるレディオヘッドの新作「In Rainbows」が話題になっています。EMIとのディールが切れたということで、そういえば、90年代にもレコード会社から干されてしまったパブリック・エネミーがネットでアルバムを販売していた記憶があります。不況にあえぐ音楽業界、いいニュースは聞きませんし、先日お会いした某レコード会社のディレクターさんは「何が売れるのかサッパリわからない」と言ってました。洋楽ロックは売れず、お洒落なジャジーヒップホップは相変わらず売れているとか。一方で、アメリカではヒップホップは以前より売れなくなってきており、ゴールドやプラチナアルバムは出にくい状況だと言われています。90年代以降、チャートは白人文化から黒人文化に完全に様変わりしましたが、それもまた飽きられてきているのでしょうか。

2000年以降って、ダブディスコ、フリーフォーク、グライム、ダブステップ、バイレファンキ、バルチモアブレイクス、ニューレイブなどなど、様々なジャンルが「新しい」という宣伝文句と共に取り沙汰されているワケですが、残念ながら、個々の音に惹かれることはあっても、僕はどこにもコミットできませんでした。半年ほど前に、やはり某レーベルの方に今は「シューゲイザーが売れるんですよ」と言われた時に「へぇ」と思ったぐらいで、その後、「これだったらマイブラを聴けばいいんじゃないか」と反動的に思ったりもしました。ダブステップもピンと来ません。ジャングルが出てきた時の興奮とインパクトをどうしても超えないのです。年を取ったということもあると思います。それ以上に、00年代は音楽を取り巻く環境が大きく変わってしまい、ムーブメント自体が小粒で、似非ジャーナリスト風に言えば、そこに積極的な「意味」や「物語」を見い出すことが出来にくくなってしまいました。それでも、いつの時代も新しい音楽は生まれてくるワケで、僕は純粋なリスナーに戻った気分でそれらを聴いたり、ラジオやカフェやクラブで音を流すことの方が面白くなってしまいました。

CDが売れないという状況はiTunes Music StoreやP2Pの影響だとかなんとか言われますが、それも間違いではないと思うのですが、どんな中身のCDでも一律の価格でパッケージングされて売られるという商売のあり方に限界が来ていることの方が大きいと僕は思います。iTMSだってアルバムを曲単位にしただけで、この限界の中で商売しています。洋服も家も食べ物も、世の中のほとんどのものは流動的な値段で(多くは売る側の一方的な値付けで)売られています。CDだってヤフオクでレア度や人気度によって千円になったりウン万円になったりします。これは自由市場だから当然で、本やCDの再販制度が異常なのだと言うことも出来ます(その辺りの面倒な話についてはここでは割愛します)。ということは、システムさえ構築できれば、アーティストとリスナーが1対1で売買する、それこそフリマや原始時代の物々交換に戻るのも一つの選択肢かもしれません。「It's Up To You.(あなた次第)」とささやくレディオヘッドの勇気ある行為にはエールを送りたいと思います。

2007/10/12

Oto.Hito.E.Kotoba 45

コネクトブルース


あ
 ー
  あ
   ー
    あ
     ー
      あ
       ー

聞こえてますか?
オチたのかな?
寝ちゃった?
犬の散歩?
トイレ?
まさか
頓死
?

読み人知らずな誰
かのモノローグ
モニターの上
スクロール
していく   あ
真夜中   ー
の3   あ
時   ー  
   あ   声
  ー   に 
 あ   な
ー   ら
   な   0
  い   と
 声   1
    の
   隙   消
  間   え
     て
    い  
   く   太
      平
     洋
    の  
       底
      の
     方

       断
      線
      
 状態は
 オフライン

 狼煙
 太鼓
 手旗
 手紙
 電報    
 電話

 テレパシー
 エンパシー
 シンパシー
 シックス
 センスで
 ゴーズオン

ツールが変われば
ところ変わるから
プロトコルに触れ
ルールを飲み込み
新たなディスコミ
の障壁を乗り越え
クリアしなきゃク
リアにしなくちゃ
ゴラムが滅びの山
を目指したように
いとしいしとよと
心は駆り立てられ
暗がりで打ち続け
るモールス信号を
暗号解読しながら
謎めくエニグマは
あんなに近づいた
のに遠くなってく
セーブしますか?
しました心の中で
ジンジャーエール
気が抜けてもぬけ
の殻でやりすごす
無為なゼロアワー
失われた時を葬り
リセットの誘惑に
乗りまた繰り返す
再生のプログラム
終点と始点が向き
合い円環は閉じて
クライマックスは
いつまでも訪れず
焦燥感のワルツは
胸焼けする朝焼け
と共にやってくる
眠れない夜はアム
ネジアの甘い香り
忘却こそが睡眠薬
不安を味方にして
安心な僕らは旅に
出る準備をしよう
いつもの平凡な朝
であったとしても
ブランニューサン
の祝福に身を浸す
自由には抗えない


召還するか
ドアを開けるか
回復するか
全滅するか
書き換えするか


●タイトル
チームロック
●アーティスト
くるり
●プライス
3,045yen

*連載時のボツ原稿を加筆修正しました。
 excerpt from くるり「ばらの花」&「LV30」