2009/04/16

ボディ・ランゲージの時代

某月某日。

ブログにはタイトルと本文がある。TwitterにもTumblrにもタイトルはなくボディ=本文しかない。タイトルとサブタイトルと本文の重層関係による三段論法で読者をうならせる、みたいな旧来のメディアの編集技法って、ゼロ年代末にはまだるっこしいのかも。時代はタイトルレス、ボディが同時にタイトルでありキャッチコピーである時代。

旧来のメディアのトップダウン式ロジックがある種の特権性や権力意識と結びついていることを、あたらしいメディアが気づかせてくれるというか。でも、これはインターネット黎明期に、ハイパーリンクだハイパーテキストだって散々言われてきたことのヴァージョンでしかないのかも。

外国映画の邦題に名コピー(迷コピー)がいっぱいあった時代がすっかり遠のいたこととも関係あると思う。

上に書いたようなことがなんで気になったかというと、Twitterのリンクって短縮URLなのでリンク先がどんなサイトかわからない&リンク先の説明がていねいに書いてあるなんてことは当然のごとく少なくて、「ここ」とか「これ」とか指示代名詞が添えられてる程度で、中身がわかんないから確認するという意味でもリンクに飛んじゃうことがよくあって(自分もブログの文中で「コレ」ってリンクを張るから同じことなんだけど)、実はかなり暴力的で恣意的=その場限りのコミュニケーションの作法なんじゃないの?という。

どちらが良い悪いじゃなくて、情報社会に最適化された野蛮な(かつ洗練された)ネットのコミュニケーション作法と、昔ながらの「おもてなし」に近いまだるっこしいコミュニケーション作法とでは、やはり依拠するカルチャーが自ずと違ってくる。

たぶん、リアルでは面倒くさい手続きを踏んだ生け花や茶の湯のようなコミュニケーションが、ネットではまったく逆のベクトルのコミュニケーションが、これからそれぞれ先鋭化していくのだろうなぁとぼんやり思う(なんだか、音楽がダウンロードとライヴに両極化するみたいな話だ)。


某月某日。

トレードオフという言葉がなぜか最近目につく。トレードオフ=二律背反の状態=背に腹は代えられない=エネルギー保存の法則? 人生を表象するような言葉だなぁとひとりごちる。

「エントロピーとは、覆水盆に返らず」というフレーズを今日起き抜けに思いつくが、そのあとググるとエントロピーの説明で「覆水盆に返らず」を例に上げている記事がいっぱい出てきた(笑)。

トレードオフ - Wikipedia
 

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