2005/09/04
ゼロ年代のゾンビ
ランド・オブ・ザ・デッド ディレクターズ・カット: ジョージ・A・ロメロ
「ランド・オブ・ザ・デッド(Land Of The Dead)」は、ゾンビ映画の本家、ジョージ・A・ロメロによるゾンビ・シリーズ第4作。
冒頭、廃墟の中で歩き回り、ぎこちなく音楽を奏でる物悲しくどことなくユーモラスなゾンビたちをカメラがとらえる。このティム・バートン的寓話世界を思わせる秀逸なイントロダクションが、「ゾンビから逃れる恐怖を描いたホラー映画」というこちらの先入観を翻す。彼らを人間たちは容赦なく殺戮していく。弱者は人間ではなくゾンビであり、ゾンビ狩りと資源の略奪を行う人間たちもごく一部の富を占有する支配者層の下で働く弱者という点では同じ。物語は、この三者の相克という形で描かれていく。ロメロは、人間側にもゾンビ側にも組みせず、双方を同じ目線で語っている。むしろ、ゾンビに肩を持っているのでは?という印象が強い。
ホラーのセオリーである主人公たちが襲われるというシチュエーションはほとんどない。ダリオ・アルジェントの娘、アーシア・アルジェントがゾンビとの公開デスマッチの生け贄として登場し、その後の展開を期待させるものの、その魅力を最後まで活かし切れてないのはもったいない。ホラー映画としては何かが物足りない。しかし、この抑制が作品に品格を与えている。これはジャンル映画としてのホラーの皮をかぶった社会派映画であり、その基本ラインは「本当に怖いのは人間だ」というロメロのブレない視点にある。
インタビューで911やブッシュ政権に言及してるように、彼のスタンスはシンプルで明快だ。共和党支持のデニス・ホッパーを支配階級のトップに起用しているのもわかりやすい。ゾンビ側の首領はアフリカンで、虐げられた下層階級のひとりがスパニッシュのジョン・レグイザモ。スパイク・リーの「サマー・オブ・サム」も印象的だったレグイザモのルーザーな存在感が素晴らしい。知性を持ち始め、組織化し、銃の扱い方を覚えていくゾンビたちは、西欧のテクノロジーを換骨奪胎してテロを仕掛けるアラブ世界をなぞらえているのだろう。食糧が不足し、ゾンビが生きた人間を襲って食うというカニバリズムの恐怖。これは、人間が食糧となってしまう未来社会を描いた映画「ソイレント・グリーン」を思わせる。
デニス・ホッパーら富裕層が自分らを囲い込むのが高層ビルで、そのハイタワーの中で虚栄の日々を過ごすのは大時代的で、アレゴリーとしては古めかしい。高層ビルの上部に住むというのは退路を断たれるわけで、「ゾンビ」とは違ってヘリコプターも登場しないこの映画の設定では、うまく機能してないように思う。そのわりに、高層ビルという場所を活かしたサスペンスもまったく描かれていない。デニス・ホッパーは最後に札束を持って逃げようとするのだけれど、ゾンビが徘徊する世界ではお金=貨幣経済は有効なのか?という疑問も残る。力と恐怖が支配する原始共同体的な世界では、おそらく貨幣は意味を持たないだろう。
このように、全体的な基本設定がイイカゲンなので説得力には欠ける。が、こうした誰の目にもわかる欠点も味として許せてしまう魅力がこの映画にはある。一番最初にゾンビに殺される犠牲者が屈強そうな若者だったり、スケーター少年が簡単に殺されてしまったりと、お約束だけどシニカルな描き方はうまいし、グロテスクの分量も腹にもたれない。スプラッターな描写はこの映画の本筋ではない。ジョン・カーペンターにも通じる職人芸を忍ばせる手腕はたしかだ。
この映画の後、ロメロが監督した1978年の「ゾンビ(ドーン・オブ・ザ・デッド)」をDVDで観た。子供の時に映画館で観たハズだけれど、とにかく怖かった印象だけで内容はまったく覚えていない。
ホラーだと思っていたら、スーパーマーケットで終わりのないヴァカントな消費生活を続ける人間たちをひたすらじっくりと舐め回すように描いていくという裏切り方。当時の最新モードを羽織ったハレークリシュナみたいな坊主ゾンビ、全身をアクセサリーで飾ったリッチな黒人女性ゾンビ。生きていた頃の習慣を忘れられない彼らは、スーパーに集まり、消費というスタイルをなぞる。ユラユラ揺れるゾンビと共に、スローなタイム感が確実に観ている者の心に深く浸食していく。ダークかと思えば時に理不尽なほど明るく、アフリカ音楽やミューザック(まさしくスーパーマーケット・ミュージック)も飛び出すゴブリンによる見事なスコアに補完された、この白昼夢のようなブラック・コメディの鮮度はいまもって薄れていない。
30年前の「ゾンビ」に比べると、「ランド・オブ・ザ・デッド」ではアヴァンギャルドな批評精神がやや後退しているように見える。60年代、70年代、80年代、00年代とロメロはゾンビ映画を世に問うてきた(彼は65歳で「ランド・オブ・ザ・デッド」を撮った)。かつて人間だった生きた屍が人間の敵になるというゾンビのオリジナル・アイディアは(映画史に与えた影響力だけを鑑みても)本当にストロングだと思う。一言で言えば、ロメロは倫理的でヒューマニスティックな作家なのだろう。そのスタンスはいまのハリウッド・システムの中においては希少で頑固でありマイノリティに属する。
この映画を観た後では、雑踏がゾンビの行列に見えてくる。「お前は生きているのか?死んでいるのか?」。ロメロにそう言われているようだ。